中津胃腸病院|外科・内科・肛門外科・乳腺外科・疼痛緩和内科・麻酔科

院長あいさつ

中津胃腸病院 院長 深野昌宏

中津胃腸病院と沖代平野


この時期、病棟の5階からは冬枯れの広大な沖代平野が望めます。もうすぐ名産の高菜の植え付けが始まります。そして初夏には田んぼ一面に水が張り、緑の絨毯となり、秋には稲穂が黄金色に輝きます。この毎年繰り返される当たり前のような風景の裏には、先人たちの血のにじむような苦難の歴史があります。

もともと沖代平野は山国川より数メートル高く水利の悪い土地でした。この平野に水田を作るために古代から涙ぐましい苦労が続いてきました。人々は荒れ狂う山国川に大井手堰を築き(お鶴、市太郎の悲しい人柱の話にもなりました)17世紀には沖代平野には網の目のように水路が張り巡らされ、豊饒な大地に生まれ変わりました。中津の東部、大幡、三保、如水、和田あたりは沖代平野よりさらに10メートルほど標高が高く、同じ時代に遠く青の洞門付近の山国川から水路(荒瀬井路)を引いているから驚きです。

目の前にある当たり前の風景が、実は当たり前ではないこと、病院の敷地内を流れる水路にもたくさんの人たちの血が流れていることを時に思うことは大事なことだと思います。

医療の世界も全く同じです。今普通にしている治療が、普通に処方している薬が、何百年という病との戦いの歴史の上に成り立っているのです。そして、私たちが毎日行っている治療のデータの積み重ねが未来の私たちの子孫の幸せにつながっているとしたら、さらに気を引き締めて真摯に目の前の患者さんに向き合う必要があると思います。

病院の近くの水路には春には菜の花が、秋には彼岸花が咲き誇ります。住宅が増えて少し狭くなってきましたが、緑豊かな沖代平野を望みながらこれからも地域とともに歩み続けたいと思います。



中津胃腸病院 院長 深野昌宏
平成29年2月10日

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